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このあいだドイツに行ったのですが、サイコセラピストの集まりでいろいろな雑談をしていて、日本ではこのごろ学校へ行かない子どもが多いという話をしました。
するとドイツ人が、「警察は頑張っているのかね」と言ったのです。彼らからすれば、国民の義務を怠って義務教育を遂行していないのだから、親か子どもかどちらかの罪になり、一番はじめに来るのがポリスというわけです。もっとも留置所に入れるということはありませんけれど、ポリスの次には、ソーシャルワーカーが来たほうがいいとかいう話になるそうですが、まず最初は義務を怠っているのだから警察の人が来る。
そういう考え方をわれわれはもっていません。しかし、個人主義の国というのは、それぐらいの考えをもっているのです。
「義務」とか「権利」っていう言葉に対する感覚自体が違うんだろう。
教育の話でいうと、教育を受けることで利益を受けるのは「本人とその家族」であって、「社会」という感覚は薄い気がする。
「権利と義務」のような欧米からの借り物概念を持ってこないと、ただ見捨てられるばかりの、社会からこぼれてしまう人がいるから、感覚的にはピンとこないまま使っているというのが、今自分の考えてること。